今を生きる

生きることは、死ぬこと

想いと思いの重さ

 

想いと思い、何気なく使い分けているこの2つ。何が違うのだろうか。

主観的には

【想い】相手を想うこと

【思い】自分の考えていること思うこと

なのかな。そうかな。


ワクワクしながら調べたら辞書で調べてみたら、同じ【おも・い】で出てきたよ、ガーン。

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【想い】の話。


自分の想いと、相手の想いが釣り合うことって、どちらかのその想いが強ければ強いほど難しいのではないかと、思う。

「想いが重いな」と思うこともあれば、「わたしはこんなに想ってるのに」と思うこともある。

友だちでもそう、恋人でもそう、家族でもそう、上司部下(先輩後輩)でもそう。


わたしはどうやら意地の悪い人間らしく、想いが重いと逃げたくなる。

の割りに、自分の想いが受け止めてもらえないとイライラもやもやする。

自分本位すぎる。なんだこれ。ただの自己中だ。治したい。


友だち同士で、重いなぁ……と思うこと、申し訳ないけれどよくあった。最近は無くなった。付き合う人たちが変わったのか、私が鈍感になったのか。鈍感になってたならごめん。でも、成人して、ある程度いろんな人間関係を経験して、人との付き合い方、人との距離のはかりかたについては、自然に自分なりに調節できるようになったかもしれない。かもしれない。


人との距離のはかりかた

人との距離のはかりかた

  • plenty
  • ロック
  • ¥200

高校生の頃CDがすれるんじゃないか思うほど聞いていた曲。(CDはすれないけどね!)

この話をするのに、わたしにとっては避けては通れない、大切な曲。


でも、やっぱり好きが溢れることもある。

ギブアンドテイク、とか、フィフティーフィフティーとか、ウィンウィンとかいうそういうカタカナが大好きな私は、振り向いて欲しくなる。見返りが欲しくなる。そんなもんか。

人間は欲深い。南無阿弥陀。滝修行したい。



対して【思い】の話。


私は周囲の人の思いを察するのが割と得意。たぶん。割と。

昔から周りの顔色を伺って生活してきたことが良く出たのか悪く出たのか、さっきの「想いが重いと逃げたくなる」という「想い」を察しやすいことにも繋がってるんじゃないかな、と思う。

あーたぶん、この人いま退屈してるんだろうな、あ、興味持ってくれてる、とか、相手の顔色ばっかり伺って疲れちゃう。こともある。


想いを持つことは多いし、思いもしっかりと持ってるつもりだけれど、私は、思い、を伝えることが苦手だ。

大学生として生活していると、ディベートしたりなど、さまざまな「思いを表出する」機会がある。慣れてきたつもりだけれど、やっぱり苦手だなぁ。

慣れたつもりになっても、今度は心理学の授業でまた自己主張しすぎないことが相手を尊重することにも繋がって……とか考えて結局スパイラル。負のスパイラル。どうにもならない。なんだこれ。きっと大学生あるあるスパイラル。(学部や学んでいることにもよるね!大学生ひとくくりにしてごめんね!偏見だね!)


またまた私は意地が悪いから、「あの子より私の方がいろんなこと考えてるのに!」なーんて比較して、勝手に見下して、心の安定を図ってるところがある。と思う。


私はだいぶ小さい時から感じていたけれど、「努力=結果」じゃないんだよね。

この年齢になるとそれを嫌でも実感させられる。「努力=結果」なら、いくらでも努力するよ。ってね。あーダメダメ。そんな考え方してはダメ。ちゃんと努力しよう。


でも考えてしまう。

「あの子より、私の方が頑張ってるのに!」。

見えないところであの子もきっと努力してる、かもしれないのに。そんなこと言ったらダメね。負けないくらいわたしが頑張るんだ。


よし、頑張ろう。頑張れる。やれる。今後の人生が大きく左右される大切な日まであと1週間。私自身への戒めの日記でした。


気を引き締めて、頑張ります。